イヴァン雷帝3~疑心と恐怖政治

6.二度目の結婚と裏切り者たち

アナスタシアを失ったイヴァンは、疑心に苛まれ、何者かに毒殺されたのだと思いこみます。側近の大貴族たちは、成り上がり者の臣下であるシリヴェストルとアダーシェフを疎んでおり、彼らが暗殺したのだと皇帝に囁くのでした。

おのれの危機を察知したシリヴェストルは修道院に篭り、アダーシェフは指揮官としてリヴォニアの駐屯地へ赴任します。
しかし距離を置くだけでは危機を回避できず、シリヴェストルは孤島の厳しい修道院に終生閉じ込められ、アダーシェフは弁護なしの裁判にかけられ、裏切り者として牢獄へ入れられました。
その二ヶ月後、アダーシェフは獄死します。病気か毒殺かははっきりしていません。
それだけでは飽き足らず、アダーシェフの弟とその一家、そして嫁いだ姉とその一家、友人の老女一家を共犯者とみなして、全て処刑します。

少年時代、大貴族たちの貪欲な争いや裏切りを見て育ったイヴァンは、臣下たちを信じることができませんでした。
皇帝の機嫌を損ねることは最大の罪で、有能な臣下たちが次々と投獄、処刑されてしまいます。修道院へ追いやられるた者も数え切れず、牢獄とともにつねに定員オーバーでした。
結局、イヴァンの周囲には、おべっか使いの側近や馬鹿騒ぎを楽しむ連中ばかりになります。恐怖政治が始まったころから、彼の手にはいつも鉄鈎のついた棍棒が握られていました。気に入らないことがあると、その棒で誰彼問わず殴りつけるためです。

女好きなイヴァンは、アナスタシアの喪が明けないというのに、二度目の結婚をします。新たな大公妃は異民族シルカシアの姫君で、大層な美人でした。ひと目で気に入ったのですが、改宗したマリヤは無知で野蛮で社交嫌いなため、すぐに後悔してしまいます。
こんなことなら、ポーランドの姫君と結婚すべきだった、とイヴァンは思うものの、ポーランド王ジグムント=アウグストにそっけなく断られていました。
そもそも敵国であり、カトリック教徒の妹と結婚したいなど、身のほど知らずだ、とジグムント=アウグストは呆れ、それほど結婚したいのなら、領地をよこせ、と条件をつけます。
当然、イヴァンは激怒し、縁談は消滅しました。

命の危険を感じた大貴族たちのなかには、亡命する者がいました。皇帝に振り回されるのはたまらない、と隣国ポーランドへ数名が逃亡します。
ポーランド王は快く受け入れるものの、条件を突きつけます。それは、ロシア軍と戦うこと。
かつての戦友に刃を向けるのを拒んだ、ある貴族はトルコへ送られ、首を刎ねられたといいます。ただ、ほかの貴族たちは生き延びようと、ポーランド王に忠誠を誓いました。
そのなかでとくに名高いのが、アンドレイ・クルスプキーです。
彼は軍人として数々の功績がありましたが、1562年、作戦ミスをしてしまいポーランド軍に破れ敗走します。これにイヴァンが激怒。クルスプキーはおのれの命が危ういことを悟り、妻と子に別れを告げて亡命したのでした。

クルスプキーはポーランドへ亡命後、ロシア皇帝イヴァンへ手紙を送ります。亡命をせざるを得なかったおのれを弁明するものでしたが、内容はほぼ暴君への非難でした。

ロシアへ多くの勝利をもたらしたのに、その報いが死なのはどういうつもりか。あなたは神にでもなったつもりなのか。私や臣下らがいったい何の罪を犯したというのか。虐殺した者たちが神の御座で復讐を叫んでいる。あなたの軍隊はあなたを守らず、大貴族たちは強欲のために媚びへつらうだけだというのに。

読み上げられた長い手紙に、イヴァンは激昂し、クルスプキーの使者の足に鉄鈎を突き刺します。そして使者はクルスプキー一家とともに投獄され、裏切り者の共犯者として拷問され死にました。

イヴァンはかつての臣下の裏切りをなじる手紙を書きます。クルスプキーはそれに返信。また皇帝を非難。それに応酬するイヴァン。
両者の手紙のやり取りは1564年から1579年という13年ものあいだ、続きました。

7.オプリーチニクとエリザベス女王

クルスプキーの裏切りにより、イヴァンの疑心はさらに強くなります。大貴族たちが陰謀を働いているのではないか、と思うことに耐えられず、突然、モスクワを旅立ちます。宮廷に皇帝が不在になったため、臣下たちは困り、連絡がつくなり早く帰還されるよう、願うのでした。

ようやくモスクワに戻ったイヴァンは、ロシアを二つの所領に分ける、と宣言します。「オプリーチニナ」(皇帝直轄領)と「ゼームシチナ」(貴族所領)です。
ロシアの主要地域を、オプリーチニナにし、その他の辺境はゼームシチナされ、貴族たちは真冬のさなか、遠距離の引っ越しを余儀なくされました。先祖代々の領地を奪い、生意気な貴族たちを辺鄙な土地へ追いやったのです。しかし、異議を唱えるものはいませんでした。

オプリーチニナには皇帝の親衛隊である、俸給貴族が派遣され、統治します。彼らはオプリーチニクと呼ばれ、皇帝の名において行動すれば、何をしても許される権限を持っていました。
初め、1000人の小貴族青年の集団が、やがて6000人に増えます。全国から腕っぷしが強く残忍な男たちが選ばれ、皇帝へ密告する役割を与えられます。俸給生活の彼らは集団で家に住み、ゼームシチナで皇帝の裏切り者を探しては、虐殺しました。といっても、言いがかりにすぎず、農民や女子供をいたぶり、食料を奪って好き放題するだけでした。

そしてオプリーチニナの実施と同時に、裏切り者の大貴族たちをつぎつぎと公開処刑します。斬首はまだいいほうで、肛門から槍を刺す、串刺しの刑はとてもむごいものでした。
カザン攻略で功績があった一家を初め、皇帝の従弟であるウラジミールを、いわれなき罪で命を奪いました。皇帝の料理に毒を入れた、というでっちあげです。イヴァンが病魔におかされたとき、玉座を狙っていたのを許していなかったのでした。

オプリーチニクの暴挙をだれも止めることができず、ロシアは密告と恐怖政治に怯える日々が続きました。もはや教会は皇帝に意見する権限すら失われ、府司教は沈黙するだけでした。
そんな隣国の状況を察知したポーランド王が、「オプリーチニナとはなんぞや?」とロシア大使に問うも、「何のことでしょうか?」と返ってきます。ロシア皇帝の評判を落とすような発言は、死に直結したからでしょう。

そんな粛清の真っ只中、イヴァンは新しく即位したイギリス女王、エリザベス一世に求婚します。二度目の妻マリアにはうんざりしていたから、離婚すればいい。陰謀ばかりのこの国を捨て、亡命をしたい。37歳の自分と34歳のあなただからちょうど良い。そのとき、結婚をしましょう、と。

いっぽうのエリザベスは、あまりにも馬鹿げた求婚の手紙を無視します。
ロシアとの貿易はイギリスに莫大な富をもたらしていたから、皇帝を失望をさせたくはないものの、エリザベス女王には結婚する意志はまったくありませんでした。だから、返事を伸ばしに伸ばして、時間を稼ぐことにしたのです。

なかなか返事をよこさない女王に、イヴァンは苛立ち、ようやく来たイギリスの使者へ八つ当たりします。エリザベスの返信はそっけなく、「共通の敵と戦うときに援助を約束し、イギリスへ亡命するときはご自身の費用で好きなだけ滞在されるがよい」とだけ書かれていました。

結婚の約束どころか、同盟まで反故にされてしまったと、イヴァンは怒りのままに任せて、罵詈雑言めいた手紙を書きます。それを読んだエリザベスは、あまりのおっちょこちょいぶりに失笑したとか。
しかし、イヴァンの怒りが本気であると、悟った女王は、暴君をなだめるために使者をロシアへ送りました。たくさんのお土産を持って。
その後、ロシア国内が荒れたことにより、両者の結婚話は立ち消えしました。

8.町そのものを懲罰

皇帝を諌めた府主教を処刑したあと、イヴァンは絶対権力を国中に知らしめたくなり、個人ではなく町全体を処罰することを思いつきます。

白羽の矢に立ったのが、ノヴゴロドの町です。その町の囚人が脱走し、町へ復讐するために思いついたのが、皇帝への密告でした。府主教や名士を騙り、ポーランド王へ宛てた手紙――皇帝の圧政に苦しむ町民たちは、いつでもポーランドに寝返る、というを偽造。それを教会に隠します。
以前から、皇帝がノヴゴロドを良く思ってなかったのを、囚人は噂で知っていました。

嘘の密告によって、手紙が発見。町人たちの陰謀が明らかになったことで、イヴァンはノヴゴロドの町を懲罰します。内容の真偽よりも、懲罰の口実が欲しかった皇帝は喜び勇みました。

1570年、武装した懲罰部隊がノヴゴロドの町入り、城壁を閉じて僧侶を片っ端から逮捕します。高額な罰金を要求し、用意できなかった者は処刑しました。助かった僧侶たちも集められたあと身ぐるみ剥がされ、牢屋に閉じ込められます。オプリーチニクたちが寺院の宝物を全て奪い取りました。

その後、町人たちを懲罰。まず千人の人々が連行され、弁護も判決もないままに拷問にかけます。舌を切り、四肢を切り、鼻を削ぎ、火で炙り……。夫は妻、妻は子供の眼前で拷問されました。
父である皇帝とともに、遠征した15歳の息子イヴァンも君主そっくりに成長し、残酷な光景を恍惚な眼差しで見ていたといいます。神である自分たちは、人々を懲罰することこそがおのれに与えられた使命だと、信じていました。

泣き叫ぶ声や、内蔵があらわになった死体、流されるおびただしい血。町のそばを流れる川は真っ赤に染まり、死体の山が腐臭を放ちます。
逃げ出そうとした者は、オプリーチニクたちが槍や剣で惨殺し、地獄そのものでした。

犠牲者は1万8千人から6万人ほどといわれ、正確な数字はわかりません。


1.若き皇帝のロシア改革

2.領土の拡大と大公妃の死

3.疑心と恐怖政治

4.息子の死と崩御