「月給100円サラリーマン」の時代─戦前日本の〈普通〉の生活


「月給100円サラリーマン」の時代 ──戦前日本の〈普通〉の生活 (ちくま文庫)

戦前社会が「ただまっ暗だったというのは間違いでなければうそである」(山本夏彦)。戦争が間近に迫っていても、庶民はその日その日をやりくりして生活する。サラリーマンの月給、家賃の相場、学歴と出世の関係、さらには女性の服装と社会的ステータスの関係まで──。豊富な資料と具体的なイメージを通して、戦前日本の「普通の人」の生活感覚を明らかにする。

以前投稿した初心者でも簡単に個人商店を開店できます(昭和3年)1の記事のとおり、戦前昭和の物価は現在のおよそ2000倍。100円=20万ほどの月給。
思ったほど高給ではないから労働者の賃金かと思いきや、これが中流家庭のサラリーだからその下の庶民の生活がどんなに貧しい暮らしだったのか、と想像してしまいます。実際、本書で書かれていたのは、ごく一部の高給取り以外、ほとんどの日本人はその日暮らしの貧しい生活でした。とくに大正時代の好景気だったバブルが弾けたあと、急降下で賃金は下がり、失業も増えました。貧しい農村は娘を遊郭に売るしかなく社会問題になります。
昭和一桁の頃、あまりの不景気で労働者は強い政府――ファシストを望むようになって、やがて時代が戦争へと進んでいきます。
しかし大手企業のサラリーマンは景気にあまり左右されなかったため、100円程度の月給でも満足していたそう。(もっと欲しいと思っていても大勢の庶民が貧しいし、会社へ物申したら解雇になりかねず、じっと我慢していたのが実態・(汗))
そんな静かな中流階級のサラリーマンでしたが、気がつけば戦争、そして招集に空襲で苦難の時代に突き進んでしまいました。
他人事のように素知らぬフリをし、社会問題や政治に意見しないことの愚かさを教訓として、本書は締めくくっています。まるで長い不況のままの令和時代の日本そっくりだな、と怖い。ある程度満足した生活をしていると、波風立てず意見しない人が増えるのでしょうが、見てみぬフリを続けてしまうと国がとんでもない方向へ突き進んでしまう可能性が大きくなる――のかもしれません。

そして少ない月給を日々、やりくりに頭を悩ませたのが当時の主婦たち。女性はさらに賃金が低く、20円~30円が相場だったため一人暮らしは無理。だから共同でアパートを借りて女友達と同居していました。結婚して主婦にならないと生活できない前提の給料は今の日本にも残っていて、非正規雇用に女性が多い時代が完全に終わってはいません。
女性の仕事は楽だから給料が少ない、という意見を見かけますが、日本だけでなくヴィクトリア朝時代のメイドも同様。男性使用人のおよそ半分以下。当時は世界中が女性=結婚が大前提=大黒柱レベルの賃金不要な社会だったのです。

そんなサラリーマンたちの生活にかかる費用あれこれで興味深かったのをいくつか。

・当時モダンガールといった洋装が登場したものの、ほとんどの日本人女性は着物を着続けた。機能性が良い――――からではなく、マスコミが洋服=みっともない、性的奔放な女性。を書きたててイメージさせたため。実際、洋服のほうが動きやすく洗濯もしやすいから、好んで切る職業婦人はいたものの、世間の人の目が気になるほとんどの女性は家事に不自由な動きにくい着物を終戦過ぎまで選択した。
当時の価格では、木綿の着物が10円、羽織が11円、帯8円ほど。これに消耗品の襦袢や足袋が加わるとけっこうな金額。もちろん外出用のおしゃれ着だと何倍もの値段。給料100円ない家庭にしてみれば、かなりの出費。

・年金制度のない時代、サラリーマンたちは老後のために家を買い、退職後は家賃収入で暮らす者が多かった。安い家だとおよそ200円ほどで1軒が建つ。土地は借り物だったため、地主が立ち退きを命じるとせっかく建てた家を崩すハメになったとか。
東京市での家賃はピンキリまであった。月給100円サラリーマンの借家はだいたい月に40円ほど。三間のアパートか長屋で風呂はなかった。通勤は大変だったが郊外だと風呂付き一軒家を借りれた。

・昭和初期は超学歴社会。庶民の大半は小学校を卒業したら就職したが、少しでも上を目指そうとしたらまず必要なのが学歴だった。中学校進学率は36%、高校進学率はさらにずっと低く、小学校の上に2年の高等小学校があったが、それでもおよそ60%の進学率。
高等小学校⇒現代の中学校、旧制中学校⇒現代の高校、実業学校⇒現代の商工高校、旧制高校⇒現代の大学レベル。最高学歴が大学。帝国大学がトップで私立大学は格下だった。大卒同士でも就職時の給料に差が出た。
中学校卒業後、就職が40%、専門学校に進学が30~40%、高校か大学予科が10~15%だった。もちろん男子の話。女子は小学校卒業後、高等女学校が最終学歴だった。
高等小学校の授業料が月2円。ほとんどの庶民は2年間それさえ払えず、中退して奉公人になる子供が多かった。

・就職は景気に左右され、第一次世界大戦時の好景気時代に就職できた者は勝ち組。採用する会社が学生を接待してまで勧誘したという。しかし戦後、一気に不景気に突入すると、大学を卒業しても就職できないインテリの若者が増えた。職を選ばなければ就職できると雑誌や新聞が書き立てるものの、せっかく大学を出たのに販売員や工場で働けるものか、と卒業生たちは反発した。だったら起業すればいい、とさらにマスコミが言うも、だれもかれもが商売の才能があるはずもなく。
日本全体が貧しくなったことですでに就職しているサラリーマンたちは守りに入り、安月給でも大人しく会社に飼いならされる生き方を選択した。富裕層が殺害される事件があったほど格差が大きく、国民は政府に怒りをぶつけ、常に信用していなかった。
……これって、バブル崩壊後の日本そのもの。とくに「職を選ぶな、起業すればいい、甘えだ」と説教するマスコミが、20年ほど前の日本そのまま。私も不況でブラック会社に就職したものの、イジメと重労働で体を痛めて退職。ちなみにサービス残業で手取13万。その後、再就職できないままずーーーーーっと非正規です。中途採用正社員は低賃金ブラックのみ。コミュ障だから営業も無理。それ以前に面接で落とされまくり……。それなのに周囲の大人は上記のことを言って説教。本当にうんざりした。あと政治にひたすら文句ばかり言って、何もしないのも変わらないなあ……とも(^_^;)