薔薇王の葬列~ヘンリー六世とリチャード三世の悲劇のロマンス


薔薇王の葬列 全17巻

面白い小説や漫画は数あれど、読後に魂が揺さぶられる作品は滅多にないです。まさかの展開で、悲劇へと突き進んでしまう主人公たちの運命に心奪われてしまう。自分のなかではベルセルクの黄金時代編がそれですが、この漫画もそれに続くぐらい衝撃的でした。
……史実がベースだから「悲劇」になるのははじめから承知していても、まさかの人物が裏切って命を落とす、という展開がこれでもか、と続きます。少女漫画とは思えないほど残酷なのに、ストーリーが破綻していないし描写が丁寧なのもあって違和感なし。

以前からタイトルが気になりつつ、そのうち読んでみようかな、と思っていたら、アニメを動画で見ました。……正直なところ、話が複雑でわかりにくいというか、面白いのにしっくりこない。唐突な展開が多くて、原作のストーリーをたくさんカットしているのかなと。
ちょうど完結していたので試し読みしたら、すごくハマりました。アニメはあらすじといった流れだったのが(とくに第二部がカット多すぎ)が、原作だと壮大な悲劇ドラマ!!!

とくにバッキンガム公との関係が、すごく濃厚な恋愛でびっくりしました(笑)。少女漫画&THEロマンス。アニメでは終始中性的だったリチャードですが、原作は妖婦っぽくなっていました。普通の男女の恋愛以上にドキドキしますね。
ただ、ここで好みが分かれそう。実際、アマレビューでは賛否両論でした。(正直、私は女性に近い人物だと思って読んでいました。ジャンヌ・ダルク=男装した女性の幻が出てくるし。だから違和感なかったけど、そうじゃない読み手がけっこういて驚いた。)
とにもかくにも、あれだけ愛し合って夢中になっていたら、政治がおろそかになってもおかしくないよね、とも。王冠を選んだ恋人のために、自ら身を引いたのでしょう、公は(これ以上書くと超ネタバレなので自粛)

ぶっとんだ設定なのに読ませる世界観とストーリーが素晴らしかったです。これは読んでよかった、と超久々に感涙ものでした。

私は中世は詳しくないので史実はよく知りませんが、ヘンリー六世の人物像の描き方がもっとも印象的でした。
読んでいるときは両性具有の主人公リチャードに目を奪われるんですけど、読み終えると、生まれてまもないころに王に即位せざるを得なかった、ヘンリーの苦悩が読み取れます。
父親はかのイングランドの英雄王、ヘンリー五世。フランスに猛攻した英雄王ですが、あっけなく早世してしまいます。まだ赤子だったヘンリーをとりまく貴族たち。彼らのドロドロとした欲望とおべっかに疲れたのでしょう。神しか信じない、愚かな善人王として描かれています。
……で、史実どおりヘンリー六世はヨーク家に捉えられて処刑されてしまうのですが、面白いのはここから。まさかの形でリチャードと再会します。(これもネタバレになるので自粛……)
もうね、虫も殺さないような人物だったのに、眠っていた父王の血をいかんなく発揮。その動機が悲劇かつ衝撃的で、最期に王として愛する者を守った姿に涙でした。

ここから先はネタバレです。未読の方はご注意ください。





アマレビューでたくさん書かれていた、「ケイツビーが気の毒すぎる」というコメント。
複数の男から愛された両性具有の主人公ですが、彼女が一番愛したのはバッキンガム公。そんな二人をずっと見守っていたのが、従者ケイツビー。何があってもリチャードの行動に口を出さず、主人の望みどおりの道を歩ませます。決して反論しないし諌めることもない。
…………ずっとリチャードを愛していたがゆえだったのに、ラストまでふたりの行く末は描かれていませんでした。それどころか、リチャードは愛されていることさえ気がついてないという。
献身的な騎士の姿に、読者は「一番結ばれて欲しいのはケイツビー」という気持ちになるのでしょう。

そのコメントを読んで、私も思った。
どうして一番身近にいて献身的な人物を、華麗にスルーしてしまうのか…………。一度ならず何度も何度も…………。
よくあるロマンスだったら、ベルばらのようにラストでふたりは結ばれても不思議じゃないのに。
だからぎゃくに、なぜリチャードは、ヘンリー六世とバッキンガム公を愛したのか?と、考えてみた。

おそらくですが、多分だけど、男女両方の性を持って生まれてしまった主人公だから、矛盾した人格を持つ男に惹かれたのかもしれません。
ヘンリー六世は敬虔で争いを好まない王だったのに、愛する者を守ろうとしたとき残酷な殺し屋になってしまった。
バッキンガム公は理知的でだれも愛することができない男だったはずなのに、どうしようもないほどリチャードを愛してしまい、キングメーカーとしての自分を恨んだ。

その反面、ケイツビーは表裏がなく純粋にまっすぐ主人であるリチャードを静かに愛します。もうひとり、エドワード王太子(ヘンリー六世の息子)も同様で、ド直球かつストレートに愛を伝えます。
気の毒な王妃アンも同じように、素直な気持ちで夫を愛して信じ続けていました。健気すぎるほど。それでも愛を得られなかった……。
まさしく悲劇の物語。


英仏百年戦争 (集英社新書)
↑薔薇戦争に至る前の英仏戦争について。もともとイングランド王はフランス王の一家臣であって、フランスと決別したことから始まった因縁の戦いです。フランス人の親戚同士が何年も戦う中世の歴史。
ランカスター家とヨーク家が親戚同士なのに血を流す理由はここにあります。