フリードリヒ大王4~啓蒙君主
❡ 啓蒙君主 老フリッツと呼ばれ 七年戦争が終わったころ、大王は老いてしまった。 以前のように精力的に執務をこなし、社交を楽しむのだが、年々、親しい人々が亡くなり、孤独が増した。 そんな大王を、国民は親しみ … 続きを読む
❡ 啓蒙君主 老フリッツと呼ばれ 七年戦争が終わったころ、大王は老いてしまった。 以前のように精力的に執務をこなし、社交を楽しむのだが、年々、親しい人々が亡くなり、孤独が増した。 そんな大王を、国民は親しみ … 続きを読む
❡ 七年戦争 七年戦争の始まり ポンパドゥール夫人の活躍により、マリア・テレジアとロシア女帝エリザヴェータは同盟を組む。シュレージエンを奪還し、フリードリヒを倒すために。 オーストリアだけでなくフランスとロシアまで敵に回 … 続きを読む
❡ 王太子時代 少年フリードリヒと父王 兄が二人いたが生後まもなく他界。三男フリードリヒは生まれた時から王太子であった。 姉と大変仲がよく、母である王妃ゾフィーが文学や芸術をこよなく愛していたのもあり、フリードリヒも傾倒 … 続きを読む
フリードリヒ大王とは? フリードリヒ2世(Friedrich II., 1712年1月24日 – 1786年8月17日)は、第3代プロイセン王(在位:1740年5月31日 – 1786年8月17日 … 続きを読む