マリー・アントワネット 上下巻


マリー・アントワネット 上 (角川文庫)

以前、ハヤカワ文庫版のマリー・アントワネット 上下巻を読んでいたので、感想内容はほぼ同じ。
なので角川文庫版はどうちがっていたのかをメモ。

一番の大きなちがい。
そう、あのマリー・アントワネットの恋人であるフェルゼン(ハヤカワ文庫版ではフェルセンと表記)の登場。彼はとくに後半のエピソードで重要な位置を占めている人物として書かれています。
国王一家の味方がほとんど逃げ出してしまって、これからどうすべきなのか困惑しているときに、彼は颯爽と登場。まるでロマンス小説のヒーローみたいに。ただ彼はあくまでも王妃の愛人の立場なので、表向きの史実ではほとんど登場していません。ひたすら陰でマリー・アントワネットを支えます。几帳面で用心深い彼は、証拠になりうる手紙や文章を実家の城に隠し続けていました。およそ一世紀たって、子孫によって発見され、ようやく歴史の舞台に登場したというわけです。

ベタな表現だけど、まさしく真実の愛でむすばれた二人。夫である国王も公認という愛人だけども、ヴァレンヌへ逃亡する段階になって、同行するのを国王が反対。うーん、ここでもし許可していたら、助かっていたかもしれないのにねえ。
なんというか、ハヤカワ文庫版のときも思ったけど、ことごとくルイ一六世王は決断力がなさすぎ。ようやくしたかと思えばすでに手遅れ。責務から逃れたくて、どちらつかずの性格が断頭台への道を早めてしまったようです。

全体的にロマンチックな構成と文章で、情感たっぷり。なんとか愛する王妃を自由にしてやりたくて、ひたすら孤軍奮闘するフェルゼンの姿が、ラストがわかっていても悲しい。そして美しい!
結局、彼もまた民衆を憎んでしまって、最期は恋人と同じ道をたどってしまうのですが、これもまたロマンチックとしかいいようがないです。

あと王妃の品格を墜落させるスキャンダラスな首飾り事件の首謀者、ジャンヌについても詳しく書かれていたのがよかった。まさしくこれもまた嘘のような、悪女そのもののお話。現代でいう自己愛性人格障害者の生き様そのもの。きれいで愛想がよくて話もうまいんだけど、天才的な嘘つきという。こういう人物、実際に会ったことがあるから、あながち創作とも思えないんだよね。ハヤカワ文庫版は真実味が低いと思ったのか、ジャンヌのことにはほとんど触れてなかったけど。

反対にあまり描写されていなかったのが、国王ルイ一六世と王妃とのほほえましいやりとり。角川文庫版ではマリー・アントワネットはとにかく愚かだったから、革命の奔流に逆らえなかったと強調する文章がいくつもありました。とくに前編。
でも後半は窮地に陥って、ようやく本来の彼女が出てきたとあります。マリア・テレジアの血がそうさせたのだと。運命といわんばかりに。
ハヤカワ文庫版はもともと彼女はそういう性格で、逆境でさらに強くなった、といったふうに書かれてたかな。母親であるマリア・テレジアが偏狂質だったため、本来の性格がゆがまされたと。フェルゼンについてほとんど触れていないのも、実際のやりとりが手紙に詳しく書かれていなかったのもあるだろうけど、同じ女性として愛人に熱を上げた描写はイメージを落としかねないので必要最低限にしたのかなあ、とも。

書き手が批判的と擁護的なちがいもあってなかなか面白かったです。男性だと批判的になるのな、どうしても。社交界の軽薄な部分とかとくに。
しかし国を支配する上流階級が軽薄になってしまうと、国が傾くのは必然ですね。まさしく盛者必衰。そして共和国誕生かとおもいきや、元庶民たちの欲望が先行したのち、権力の腐敗で政治が長続きしないのも。イギリスや日本といった立憲君主制ぐらいがちょうどいい、と現代の社会を見ていても思います。


ハヤカワ版 マリー・アントワネット 上下巻 アントニア フレイザー(絶版)

映画版(未鑑賞)の原作ということで、もっとロマンチックな内容なのかと思っていたら、読み始めてびっくり。かなり本格的なノンフィクションでした。
マリー・アントワネットについてはあまり詳しくなくて、散財と愛人フェルセンと悲劇の最期ぐらいしか思いつかず。でもこれを読んだら、とっても詳細に書かれているので、一気にマニアになれます。資料としておすすめ。
その代わり、ロマンチックな部分がほとんどなくて(つまりフェルセンとのやりとりの描写は期待したらがっかりレベル)、政治的な駆け引きや革命、そしてベルサイユでの儀式だらけの華美な日常の描写がたっぷり。王妃自身よりも、その周囲を細かく書くことによって、マリー・アントワネットそのひとなりを知ることが出来ます。

わずか14歳でハプスブルク家とブルボン家による、政略結婚で嫁いだマリー・アントワネット。そして夫となった王太子ルイも、先代と先々代王とはまったくちがって、威厳も強さも男らしさもないものだから、子どもができるまでにかなり年月がかかっています。
やがて王となったルイ16世なんだけども、根は誠実な人柄だから、だんだんとふたりが夫婦らしくなっていくのが微笑ましかったです。だいたい政略結婚って、始めがうまくいかないとあともしっくりいかないパターンが多いから、意外だな、と。マリー・アントワネットも奔放な少女だったのに、息子が生まれると母親らしくなって、優しく強くなる過程も印象的でした。

野望もなく、穏健な国王夫妻だったのに、時代が悪かったのでしょう。浪費が発端となって、マスコミに槍玉にあげられるようになるのですが、そのゴシップがとにかくひどい。ありもしない情事を捏造しては、マリー・アントワネットを中傷します。
そしてそれを読む庶民が信じてしまって、生活が苦しいのは王妃の浪費のせいで、その王妃は敵対するドイツ人だから格好の攻撃の材料に。元王妃の愛人だったというジャンヌという女まで出てきて(王妃自身は面識無し)、あれこれゴシップをふりまいてはありもしないスキャンダルが大きくなります。
でも、そのゴシップを裏で推進していたのは、ブルボン家と仲が悪かったオルレアン家だったようで、それが革命へとつながるのだから、マスコミって当時から怪物そのものです。

上巻は華やかなマリー・アントワネットの生活と、母でもある厳しいマリー・テレジアが書かれ、下巻はスキャンダルに悩まされながら、だんだんと悲劇の処刑へと向かう王家の人々が書かれています。
同じ早世でも病死した長男はまだ幸せだったかも。家族に看取られ、まだ王家の一員として敬われて暮らしていたのだから。父が処刑されたあと、次男のルイ・シャルルが、母に引き離されて革命家に洗脳されるのがもう可哀想すぎ。ついに母親まで裏切るくだりは、共産国家の思想統制に似ています。
……もし、ルイ16世がもっと決断力ある王だったら、とうに亡命していたような気がしてならない。逃げられるチャンスはあんなにあったのに、やっと決行するころはもう手遅れ。そして御者としてフェルセンがいたんだから、彼と王妃は愛し合っていたんだろうな。想像するしかないのが、本書の惜しいところ。
決定的な資料がないためか、べるばらでも一番、盛りあがっているはずのやりとりはありませんでした。


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マリー・アントワネットの日記 Rose(新潮文庫)
↑21世紀のオンナノコ風なマリー・アントワネット小説。


ベルサイユのばら(1)
↑誰もが知っている名作漫画。主人公はオスカルのようでいて、本当はマリー・アントワネットがヒロインです。