国防の常識~昭和十年大日本帝国軍~

以下のキンドル本を本日出版しました。PDF(画像)化されたパブリック・ドメイン書籍を読みやすくテキスト化したものです。¥220(税込)

国防の常識~昭和十年大日本帝国軍~

大日本帝国時代における国防の常識。昭和初期の軍隊についての基礎を学べる一冊。昭和10年当時に発行された『現代の常識』から抜粋したものです。
※本書は、国立国会図書館デジタルコレクション(著作権消失)にて公開配布されている書籍を、旧字旧仮名を新字新仮名に改めたものです。

冒頭本文サンプル

——————————————————–
国防に関する常識

国防と陸海軍の沿革

【国防とは】
国防とは言う迄もなく、外敵に対して国家の安全を防護することをいうのである。で、国防は、昔時、武士の一手専属のように思われていたのであるが、今日では然らず、むしろ国民全体の事業もしくは国民全体の事務となったのである。明治維新の際、国民皆兵主義の下に徴兵令が布かれ、兵役が一般国民の義務となって以来、国防の任務は、全国民の負担するところとなり、その後、内外幾多の戦乱を経て、国民皆兵主義の優勝を実登し、更に欧州大戦乱によって、国防の任務が、真に国民の総動員を必要とすることを痛感するに至ったのである。けれども今日においてもなお、国防の第一線に立つものが、陸海軍であることは、言うまでもない事実である。

【陸軍の沿革】
国民皆兵主義による徴兵令が発布されたのは、明治六年一月であるが、これより先、同四年四月、鹿児島、高知、山口の三藩から、数大隊の兵を徴収して親兵とし、別に東京、大阪、仙台、熊本の四鎮台を置かれたのが我が陸軍の濫觴(らんしょう)で、同六年一月にはさらに名古屋、広島のニ鎮台が増設され、同十七年従来の親兵、六鎮台を、近衛、第一ないし第六師団に改編し、東京に二個師団、仙台、名古屋、大阪、広島、熊本に各一個師団を置いた。
 かくて同二十七、八年の日清戦役後、更に六個師団の増設に着手し、旭川、弘前、金沢、姫路、善通寺、小倉に各一個師団を置き、また同三十七、八年の日露戦役後、再び六個師団の増設に着手し、高田、宇都宮、豊橋、京都、岡山、久留米に各一個師団を置き、大正四年に至って、さらにまた朝鮮に二個師団を増設し、都合二十一師団となったが、欧州大戦後、海軍と相まとって軍縮少に努むることとなり、同十四年五月高田(第十三)、豊橋(第十五)、岡山(第十七)、久留米(第十八)の四師団司令部を廃止し、小倉の第十二師団司令部を久留米に移し、兵員数万を減少するに至った。

【海軍の沿革】
徳川幕府が多年鎖国政策を固守してきたため、嘉永六年に米艦が浦賀に来て修交を求めた頃には、わが国には、まだ海軍の核子だもなかった。が、その後オランダ及び英国から軍艦の寄贈を受け、またこれを贖って、安政四、五年に至り、ようやく洋式による海軍建設の曙光を見るに至ったのである。
 かくて明治維新後、新政府は鋭意これが建設に努め、日清、日露の両戦役を経て、海軍力は次第に充実し、大正七年には戦艦八隻、巡洋戦艦六隻を基本とするいわゆる八六艦隊編成案の議会通過を見、同九年の第四十三特別議会においては、右八六案を八八案即ち戦艦八隻、巡洋艦八隻を基本とするいわゆる八八艦隊編成案の新計画が可決されたが、同十一年二月、ワシントン軍縮条約の結果、右計画を一擲して、六四計画即ち戦艦六隻、巡洋戦艦四隻に止めることとなり、さらに昭和五年のロンドン条約の結果、補助艦に対しても、縮小を加えることとなった。

統帥権と編制権

【統帥大権とは】
天皇御自ら陸海軍を統帥せられる大権を統帥大権というのであって、帝国憲法第十一条に「天皇は陸海軍を統帥す」と明記されている。また、明治十五年一月四日、明治天皇が下したもうた軍人勅諭には
「それ兵馬の大権は 朕の統ぶる所なれば その司々をこそ臣下には任すなれ その大網は 朕みづから之を攬(と)りてあえて臣下に委ぬべきものにあらす子々孫々に至るまで篤くこの旨を伝え天子は文武の大権を掌握するのを義を存じて再び中世以降の如き失体なからんことを望むなり 朕は汝等軍人の大元帥なるぞされば 朕は汝等を股肱と頼み汝等は 朕を頭首と仰ぎてぞその親しみは特に深かるべき」
 と仰せられている。これによって見れば、わが国陸海軍の統帥権は一に天皇の大権に属するものであることは、一点の疑も容れないところで、わが陸海軍を皇軍と称するのもこれがためである。
 この統帥大権は、軍司令に関する天皇の大権であって、これを軍令権ともいい、この軍令は全然国家の行政機関から離れて、専ら軍務当局即ちいわゆる天皇の帷幄がその責に任ずるのである。

【編制大権とは】
統帥権は軍司令に関する天皇の大権であるが、国防ないし陸海軍に対する天皇の大権は、統帥権と並んで編制大権を包含している。即ち憲法第十二条に「天皇は陸海軍の編制及び常備兵額を定む」と明記されている。即ち軍隊の編制、管区の決定、兵器の整備、軍隊の教育、動員計画、武官の任免等一切の軍務はすべて直接天皇の統べ給うところで、これは統帥権が軍司令に関する大権であるに対して、軍行政に関する天皇の軍政大権である。そして軍政に対する輔弼(ほひつ)の責は、主として陸海軍大臣がこれに任ずるのである。伊藤博文公の憲法義解には、
「本条(憲法第十二条)は、陸海軍の編制及び常備兵額もまた天皇の親裁する所なることを示す。これもとより責任大臣の輔翼に依るといえども、帷幄の軍令(同十一条)と均しく、至尊の大権に属すべくして、しかして議会の干渉をまたざるなり」
と記されている。

————————————————–

電子書籍化した理由。
戦前昭和の資料として当ブログで紹介する予定でしたが、国防の部が現代日本の「常識」にはまずない内容で需要がありそう、かつ文量が多く(55,000字以上)、内容そのまま読みやすく現代仮名遣いにしたものを電子書籍化することにしました。
……OCRが使い物にならず、試行錯誤してもダメでして、結局、キーボードで一字一字叩きました。
で、ここだけの苦労話なんですが、難読漢字(漢検1級レベル)に何度も遭遇……。現代にはない読み方とか。極めつけは旧字体一覧にない漢字が、たまにあったこと。読めない、書けない、画像が潰れて細かい部分が見えない、のをオンライン辞書を駆使してなんとか、完成しました。これが一番時間がかかった(^_^;)

もし興味があれば、購入を検討してくだされば幸いです。
原本の無料板は国会図書館のデジタルアーカイブで閲覧できます。