新聞記者の生態(あるいはバルザックの私怨)

作家バルザックとジャーナリズム

1820年代のフランス、パリには新聞記者とジャーナリストがいました。
時は王政復古の時代。フランス王ルイ18世は出版の自由を保障したことで、新聞が創刊されます。
7月革命後、ルイ・フィリップ・オルレアン公が王になったのち、資本主義社会が確立したことで、1830年代以降、次々に出版社が乱立し、新聞が創刊されます。
新聞にはそれぞれ政治信条があり、立憲王党派、急進共和派、正統王朝派、社会主義派等など、特色豊かでした。政権が交代するたびに与野党は入れ替わり、そのたび複雑に分裂し、それぞれの党派に沿った新聞が出ます。

1830~40年 パリ

1820年代の後半、『人間喜劇』を書き、のちに文豪と呼ばれるオノレ・ド・バルザックは、ジャーナリストを目指してパリへ上京したものの、いまひとつ芽が出ません。そこで小説を書いてみるのですが、それでもやっぱりぱっとしません。
お金に困ったバルザックに救いの手を差し伸べる若き紳士がいます。のちに新聞王と呼ばれるジダルダンでした。偶然、知り合ったバルザックに、新聞への寄稿を持ちかけたのです。

ジダルダンが創刊した初の新聞は、ヴォルールといい、政治色のないニュースとモード(最新ファッション)で構成された、切り貼りでした。(つまり他新聞からの剽窃。当時は著作権意識が低くく、問題にならなかった)
その新聞が売れに売れ、ジダルダンは中産階級向けに実用やファッション系の新聞を作ります。バルザックはそれらのさまざまなジャンルの新聞記事に、猛烈に執筆、寄稿し、彼の名はまたたく間に知れ渡りました。

1830年なかば、ジャーナリストとして名前が売れたことを契機に、バルザックの野心に再び火がつきます。
単独で新聞社を設立し、ほとんどの記事をバルザック自身が書いた自由派(党派を問わない)新聞は、わずか半年余りで倒産してしまいます。新聞によって世論を味方につけ、代議士になるというバルザックの夢はあっけなく消えました。

多額の借金を抱えたバルザックに、再びジダルダンが救いの手を差し伸べます。新聞に連載小説を掲載しないか、というものでした。
すぐにでもお金が欲しいバルザックは1836年に、『老嬢』の連載を開始します。史上初の新聞連載小説は大成功し、スキャンダルで購読が減った『プレス』紙は、部数を持ち直します。
大手新聞は次々とバルザックに小説の新聞連載を依頼。小説家として大きな収入を得るものの、浪費家だったバルザックの借金は減ることはありません。お金のために、新聞社に頭を下げて作品の連載をお願いするほどでした。

1830~40年 パリ

当時のフランスは、単行本が非常に高価だったため、庶民が買える代物ではありません。読みたい場合は、読書クラブという図書閲覧兼貸本屋の会員になる必要があります。
高価な本は売れず、出版社は読書クラブの数だけ発行。さらに本は売れないまま、という悪循環で、いくら有名になっても小説家としての収入は限られます。
おまけにベルギーやドイツから、廉価な海賊版が大量に入ってきて、どれだけ読まれようが作家自身への印税は入らない状況でした。
(それらが改善されるのが、廉価本が発売される1850年以降です。バルザックの死後。)

ヨーロッパで有名になった作家バルザックは、またもジャーナリストへの野望をたぎらせます。次は個人雑誌の刊行でした。そもそも彼はお金にならない小説家ではなく、ジャーナリスト――最終的には政治家として成功したかったのです。
しかしというかやはりというか、さっぱり売れず、すぐに廃刊します。バルザックは自信があったものの、世間の人々が求めていたのはバルザックのジャーナリズムではなく、小説とスキャンダルでした。彼の自堕落な生活を面白おかしく書いた、ゴシップ記事に需要があったのです。
バルザックの友人知人たちですら、個人雑誌の購読をしている者は数えるほどしかいませんでした。

そんな1840年の挫折から生まれたのが、『ジャーナリストの生理学』です。
当時、千~二千人ほどいたといわれるパリのジャーナリストたちの生態を、バルザックは皮肉とユーモアを交えて書いています。以下、その紹介。

1830~40年 パリ

ジャーナリストの分類と解説

その一、政治ジャーナリスト

※政治思想家。多少とも政治に関わる三文文士の総称。

◎新聞記者
 1.社長兼編集長兼社主兼発行人
  ↑一人親方の新聞社。独りよがりな記事のため、時代の流れを追えず失敗することがほとんど。(個人雑誌を創刊したバルザックもそのひとり)

 2.テノール(冒頭社説記者)
  ↑一般紙の一面トップを飾る長い冒頭社説を書く記者。まず読者をひきつける重要な担当。新聞の政治信条を擁護して読者を奮い立たせる必要があるが、ありのままを書けず空虚な虚飾文章を長く連ねるのが特徴。

 3.解説記者
  ↑専門的な記事を担当。経済と農業問題、学術的な価値ある記事を書くが、まれにしか登場しない。月に3~4回ほど。与党に組する新聞に属すれば、総領事や大臣秘書として将来を約束される可能性が高い。野党だと老後は図書館員がせいぜい。

 4.ジャック親方(何でも屋)
  ↑新聞の割付師曹長。小記事と呼ばれる囲み記事、雑報、宣伝記事を割付けて新聞を構成し、深夜の0時~1時にかけて植字をする。ジャック親方は宣伝記事を采配しているため、出版社からもてなしを受け、新聞社に君臨する。いわゆる影の編集長。

 5.国会記者
  ↑国会記事を速記で書く記者。(爆笑)を駆使する文末が特徴。職業柄代議士の裏話を知ってるが記事にしない。それはやがて政治ドラマで俳優たちが演じることになる。

1830~40年 パリ

◎政治家件新聞記者
 1.政治家
  ↑かつてジャーナリストだった紳士。ときおり冒頭社説や囲み記事に顕れるが、実際には記事を書いていない。新聞社で崇められる存在。

 2.専従
  ↑ある政治体制の実現のために生涯を捧げる人。情熱的だが、やがて疲れて政治に興味を失い、平凡な商売人になるケースが多い。

 3.自由専従
  ↑新聞や大臣に取り入り、裏切り、あらゆる記事を書く記者。信条よりも出世が目的で、得になりそうな主人を常に探している。抜け目ないためか、私設秘書や総領事館になって成功していることが多い。

 4.小冊子政治家
  ↑おもに王政復古期に活躍した記者。小冊子で得意な分野を書く。のちにジャック親方になった者が多い。

◎風刺攻撃文作者
 ↑パンフレットと呼ばれる風刺攻撃文を書く、野党派記者。与党派にはない。滑稽な内容に辛辣な攻撃批判を書く文章能力が求められ、政治を動かす力を持っている必要がある。

◎空疎論者
 ↑通俗解説者。知的欲求を求める(賢くない)ブルジョワジーのために書き、まるで湯水のごとく絶え間ない長文が特徴。それらしい文章を書いているが、中身はあるようでない。

◎大臣亡者の政治批評家
 ↑講演、サロンでの会話、大学講義、歴史書、政治についての見解を書く。当時はそれだけで政治評論家や政治家として名を通せた。空疎論者と政治家の中間的存在。

◎一作託生の作家
 ↑道徳的で体制的で哲学的、かつ博愛的であり、本質的な内容には触れないのが特徴。手軽に教養を求める安直な人々にそれらの書籍は売れ、ブルジョワジーに称賛された。

◎翻訳家
 ↑同じ翻訳家からどの新聞社も買い取ったため、同じ内容だったはずの記事が新聞のカラーごとに調理されていた。

◎信念を持つ著述家
 1.予言者
  ↑正義感あふれる改革者。餓死者が出たという虚報に飛びつき、政治批判。あるいは陸軍予算の無駄遣いを批判、殺人が起きれば政治体制を批判するが、不快な文章が全てを無駄にしてしまう。

 2.無信仰者
  ↑常に予言者の隣にいる実業家。予言者たちの崇高で純真な思想で注目を集め、商売につなげる。

 3.セイド(狂信者)
  ↑ところかまわず熱く説教をする予言者。劇場ロビー、乗合馬車などどこにでも出現する。

1830~40年 パリ
その二、批評家

 ※批評家は生涯に一度か二度、著作を出版したことがあるジャーナリスト。

◎由緒正しい批評家
 ↑文芸に生涯を捧げ、目標はフランセーズ・アカデミーの会員になること。

 1.大学人
  ↑丁寧で丹念な仕事するが筆が遅く、老人になっても出世することはない。

 2.社交界人士
  ↑過ぎ去った時代が忘れられず、帝政時代を懐かしむダンディな老紳士。かつて公職についていた過去の成功者。

1830~40年 パリ

◎ブロンドの若手批評家
 ↑かならずしもブロンドでなくても良い。黒髪の批評家もたくさんいる。

 1.否定者
 ↑若い娘と同棲している時は世の中を悲嘆し、結婚すると全てを正当化する。文学のあらゆる長所を否定するのが特徴。

 2.いたずら者
  ↑常に悪ふざけを好み、役者や作家、踊り子、歌姫、挿絵画家を育てることを好む。本を要約する際、事実を歪め、行ったことのない旅行見聞記や、老大家を勝手に夭折させて伝記を書く。いわゆる見えっ張りな享楽家。

 3.香炉持ち(提灯持ち)
  ↑称賛記事を専門に書く批評家。人畜無害な青年で毒気が全くない。呆れるぐらいに褒め称える提灯記事を書ける記者は貴重なため、出版社やサロンで重宝される。パリでは無名でも、田舎に帰郷したら文豪扱い。

◎大批評家
 1.傑作の死刑執行人
  ↑教養と実力がある批評家。批評する作品をしっかりと品定めし、ターゲットになった作家は大打撃を受ける。彼は文豪になれなかった妬みを持っているので容赦ない。称賛するのは死んだ作家のみ。

 2.美文家
  ↑つかみどころのない美しい文章をつらねる詩人のような批評家。じっくりと読むと、じわじわダメージがくる文章が特徴。

1830~40年 パリ

◎学芸欄担当者
  ↑最も幸福な三文文士。演劇界で絶大な権力を持ち、上等のボックス席で観劇できる。新聞に絶賛記事が載ると芝居がヒットするため、至り尽くせリの接待を彼らは受ける。パリの劇場は毎晩、学芸欄担当の記者たちがたくさん招待された。しかし競争率が高く、担当になるのは難しい。

◎小新聞記者
  ↑パリに上京したものの、出版社や新聞社でぱっとせず、小新聞に活躍を見出そうとしたジャーナリストのこと。内容はスキャンダルが主。

 1.刺客
  ↑著名作家を攻撃して名を上げようとする批評家。しかしあまりにもパリには作品が多く、被害者は大したダメージにならない。それどころか、中傷が名誉になる。いわゆる有名税。

 2.お調子者
  ↑世間をからかって自分が楽しむための批評家。金満家、伊達男(ダンディ)、善行、犯罪、裁判沙汰、借金等など、あらゆるものを嘲るのが特徴。

 3.竿釣り人
  ↑1行いくらでの記事で食べている新聞記者。センセーショナルな短文を、鋭利な文章で綴ることに全神経を注ぐ。常にハツラツとして攻撃的な記事は、パリそのものを象徴していた。とても真似できないと、イギリスの新聞記者が言ったほど。

 4.匿名子
  ↑?(翻訳者にもバルザックの真意が読み取れず、不明)

 5.ゲリラ
  ↑突然登場した、新しい形態の出版物。大きな余白と、意味不明な大量の挿絵が特徴。その斬新さが注目され、意外に売れた。

参考文献


ジャーナリストの生理学 (講談社学術文庫)

バルザックの著書

ゴリオ爺さん(新潮文庫)


グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫)