民主党は本当にリベラルなのか? 南北戦争と奴隷解放宣言の真意

アメリカ二大政党の民主党と共和党。メディアから入るイメージだと、民主党はリベラルで共和党はナショナリズムというのが常識となっています。けれど成り立ちからの歴史をたどってみるとリベラルはあくまでも表向きであり、国民から選挙での票を獲得するための手段だったのがわかります。

1.民主党と共和党が生まれた背景

1776年にアメリカは独立宣言をしたが、宗主国イギリスの植民地であるカナダに警戒していた。
1812年、イギリスがフランスとのナポレオン戦争にかかりきりになっているさなか、カナダを奪おうと宣戦布告をする。第二次独立戦争だった。しかしカナダのイギリス軍は強く、首都ワシントンが陥落してしまい、1814年ホワイトハウスは焼かれた。講和で戦争は終わったが、あまりにも屈辱的な結果だった。
強国であり敵国であるイギリスと互角に渡り合うため、軍事力を高めなくてはならない。それにはまず州の権限を抑制しつつ、連邦政府が手動して工業振興を推し進める必要がある――そして連邦党が生まれ、のちの1854年に共和党となる。

いっぽう、アメリカはあくまでも合衆国であるから州の権限を尊重し、各州のプランテーション農業に力を入れるべし――と、1824年に民主党が結成される。
共和党は国を強くするために関税を上げる代わりに、北部に集中している国内工業を保護しようと考えた。
それに対し、民主党はイギリスから工業製品を安く大量に輸入した。自由貿易帝国主義のイギリスに従えば巨利を得ると考えたのである。それは南部のプランテーションオーナーから支持を得た。
世界のおよそ30%を占めるほど成長した綿花産業は、1850年、黒人奴隷の数を320万人まで増やすこととなる。

アブラハム・リンカーン

2.南北戦争と奴隷解放宣言の真意

1857年の関税法では約17%であったが、それでは国内工業が成長しないと危機感を抱いた共和党。1860年にアブラハム・リンカーン擁立して選挙で勝利する。
しかし高関税に反対する南部諸州は連邦を離脱後、南部連合を結成してアメリカは分裂してしまう。1861年4月、南北戦争が勃発した。
国家が分裂したままだとイギリスに対抗できなくなる――そう危惧したリンカーンは、イギリスの軍事介入を避けるため、1862年「奴隷解放宣言」をする。当時、イギリスは奴隷制を忌避しており、奴隷廃止のための戦争だと宣言されることでと介入できなくなってしまった。
そもそも南北戦争が始まったのは、奴隷制度を嫌いつつプランテーションのために交渉で解決しようとした、共和党への反発だった。副大統領に民主党のジョンソンを立て、融和政策を打ち出すも徒労に終わったのである。

1865年4月、南北戦争の勝利演説をしたリンカーンだったが、その3日後に暗殺されてしまう。
彼の死後、その意志を継ぐように共和党は黒人の自由と市民権を保障する法律を作り、憲法を修正した。1869年黒人参政権を認め、39対13で可決された。賛成はすべて共和党、反対は民主党だった。リンカーン暗殺後、大統領になったジョンソン大統領は拒否権を発動するなどして反対した。
だが南部諸州で力を持つ民主党は黒人差別政策を進め、1866年にKKK(黒人と黒人擁護へのテロ集団)が結成される。黒人を隔離すべきという主張は、南部の白人たちを団結させ、民主党は次々と州法を成立させた。映画館、トイレ、バス、水飲み場に黒人専用エリアを設け、新聞社や警察、州政府は黒人を採用しなかった。

セオドア・ルーズベルト

3.共和党と民主党のルーズベルト

約50%の高関税はアメリカを豊かにし、政府は交通インフラを充実させる。1869年に大陸横断鉄道が開通すると、東部から貧しい白人たちがカリフォルニアに押し寄せた。彼らは清国移民労働者と職を奪い合ったが、労働組合や政治家を使って清国人排斥法を成立させる。
次に日本人移民がターゲットになり、日本政府は反発。日米関係が悪化し、もはや戦争か?と両国が緊張するなか、カリフォルニア市長と日本政府の和解に動いたのが、セオドア・ルーズベルト大統領だった。日米移民紳士協定を結ばせる。ちなみにルーズベルトは共和党、カリフォルニア市長は民主党であった。

1912年、8代続いた共和党大統領が、民主党のウッドロー・ウィルソン大統領に変わる。予備選後、共和党が分裂して票が分かれたため、漁夫の利を得る形でウィルソンが当選したのである。
南部出身のウィルソンは大統領就任すると、連邦政府組織に人種隔離制度を導入し、白人と黒人の職場を分けた。
モンロー宣言(アメリカは他国に介入しない代わりに、他国からも介入されない)を国是としていたアメリカだったが、ウィルソンは第一次世界大戦へ参戦する。恒久的世界平和を実現するためだと、国民に訴えた。
1919年の国際連盟創設時、日本が「人種差別撤廃を連盟規約に入れるべし」と訴えるも、否決したのはウィルソンだった。代表16名のうち11名が賛成したにも関わらず、満場一致の否決権を行使した。なぜなら人種差別撤廃に賛成することは、民主党の党是に反してしまうからである。

その後、共和党の大統領が3代続いたが、1929年の世界大恐慌で民主党のフランクリン・ルーズベルトが大統領に就任する。Fルーズベルトは、ホワイトハウスの記者会見から黒人を締め出し、第二次世界大戦では日系人だけを強制収容所に閉じ込めた。
1945年4月にFルーズベルトが死去すると、副大統領のハリー・トルーマンが継ぐ。元KKKのメンバーだったトルーマン大統領は広島と長崎への原爆投下にまったく躊躇しなかった。投下の一報を聞いたトルーマンは「まさに最高の瞬間ではないか!」と叫んだという。

4.リベラルへの転向

第二次世界大戦後、民主党の主な支持者だった南部白人層や貧困白人層が豊かになる。人種差別意識が薄れた白人たちは共和党を支持するようになっていった。
人種差別を党是としていた民主党は、支持を回復させるための奇策を打つ。「市民権運動のリーダーである」と方針を180転換したのである。黒人やマイノリティ、弱者の人権を守る進歩主義の政党、というイメージを作り出した。
だが人種差別を党是としていた過去は消せない――だったら、民主党ではなくすべてのアメリカ人の歴史にすればいい。人種差別は民主党だけでなく、過去に生きたすべての白人の過ちだと歴史を修正しよう。
こうして現在まで民主党=リベラルでクリーンなイメージを持つ弱者のための政党となっている。


当記事を投稿した理由。
投稿日でわかると思いますが、アメリカの大統領選挙のニュースを見たのがきっかけです。
ここでは詳細は書きませんが、選挙の不○疑惑の話題。知れば知るほど、民主主義の終焉を目の当たりにしているようで恐ろしいです。選挙での不○は民主主義の根幹を揺るがす大大大問題ですから……。
そして一番の問題はマスコミが中立を保っていないことです。今回の件ではっきりしたのが、戦前も現在も民主主義の敵は極左含む共産主義だということ。
私も参考資料の書籍を読むまでは、民主党が人種○別を党是とするとは知りませんでした。すべてのアメリカ白人の罪、だと信じていたからです。
以下、参考サイト。
なぜ米大手メディアは不○投票疑惑を報道しないのか?
リベラル派の友人が驚愕!「知らなかった」
※検索にヒットしない可能性を考慮して一部を伏せ字にしました。

参考書籍


文藝春秋SPECIAL 2017年春号[雑誌]
↑共和党vs.民主党 日本人が知らないアメリカ史 渡辺惣樹 より


※当ブログのアクセス数が回復しないため、以下に記事を移転させました。(参考画像
https://silverashrose.blogspot.com/2021/02/blog-post_7.html